昭和56年4月23日 朝の御理解 ●② ④ 大坪かよこ
御理解第98節
心は神信心の定規じゃによって、お伺いをする時には、とりわけ平気でなければならぬ。落ち着いて静かに願え。
心は信心の定規じゃよって、その確かな心を現れてくるおかげによってまた一段と確かめる。
自分の生き方、自分の心の状態は間違いがないと思うておっても、そこに、神様の働きの感じられない、間違いなさを感じられない心であっては、これはその心に定規を当てて、これは自分の考え方が少し間違っておるぞというふうに、改めていく。
心がおかげに現れてくる、ね、同時に自分の心の状態を思う、一つの定規として分からなければならないことは、銘々の祈りの内容である、ね。
祈りの内容がどれだけ確かなものになっていっておるか、またそれが育っていっておるかということを思いますと、なるほど自分の信心が小さいなー、自分の頂くおかげがなるほど大きなおかげが受けられんはずだなーということが分かってくるんです。
ね、自分のいうならば祈りの内容、ね、それも自らの信心の、いうなら定規だと思いますね。
というて、あそりゃ自分の祈りは小さかったなー、自分の事ばっかりだなーと分かったからと言うて、分かったからというて、それをならすぐにそう形の上になったというても、ほんとのもんじゃ無い。
そうせずにはおられんのである。
●④ たとえば、私共北京から引揚げて帰って参りまして、親教会参拝、もう、朝の御祈念は、親先生と二人であった。
親先生が月次祭、やっぱりだから御結界から、ま、一口お話しをなさる。
ね、それでま、私が昔の信者さんがたがの所を回って、朝の御祈念が段々多くなった。特に月次祭ともなると、今日は月次祭ですよと言うて、もう月次祭何か、全然眼中にも置いてないというような信者が、古い信者のなかにはあるわけです。
ただ、金光様自分の願いのあるとき、お参りをする、お参りをするというても、ただほんとに確信して参るといったような程度の人たちが多いかったんです。
もう月次祭ともなると、みんながお参り、参り口に下駄をこう、みんな脱いで上がりますから、下駄を数えるのが楽しみでした。
ね、二十足、三十足、ね、五十足も六十足もあるときにゃ、もうほんとに有難かった。
ね、御本部参拝でもそうでした。もう、それこそ信者、もう信者以外係わり合いのある人達を進めてまいりました。
ね、何人かの御本部参拝が、やっぱし五、六十名はお参りがあるようになりました。
それは私の信心と言うことではないですけれども、ま、今日の御理解からいうと、ね、教会のことを思う、また、教団、教会、金光教の信者として、当然祈らなければならないこと、ね、今、ここで総代さん方が日々お取次ぎを願われる。
皆さんも、あの、そういうおつもりで一緒に、ま、心中祈念をなさっておられるだろうと思う。
ね、この頃は、今日総代さん方がお取次ぎを願われた、あれと同じ願いお取り次を、の内容を私も頂かせて下さいという方達が、何人かあります。
ここでマイクを通してお届けをなさいますから、隅々まで聞こえるわけです。
だから、ほんとにあのように、それこそ天下国家の事を祈っておられます。
そのことが、私共信奉者一人として、私にもそういう祈りをさしてください、という祈り、お取り次を願っておるつもりである。
だから、それがそのま、言葉の上でならね、誰でもでけるわけです。
ね、今私が申しました、なら、私が本当に、なら、三井教会なら三井教会、親教会ですから、のことを私が本気で思うておれば、さ、今日は月次祭だ、と一人でも多くの参拝者があることが、教会の御ひれいだと信じておりますから、だれも参んなさい、かれもなさい、忘れとる人たちのとこには、俺がいって今日は月次祭ですよともう、人に伝えていく、そういう私はその、自分の祈りというのもが、教会を中心にした祈り、ただ祈るだけなら誰でも出来ましょうが。
けども今度の月次祭には二人のお導きがでけた、今度の月次祭には、五人の人をお導きお参りがでけた、というようにです、ね、それ実動が移って、いわゆる、なからなければ、駄目だと思うですね。
みなさんどうでしょうか、この頃私は月次祭たんびんに感ずることは、この朝参り組みというか、ま、以前のま、椛目時代からのご信者という方達が、非常にお月次祭のお参りが、遅くなったことですね。
もう若先生が御霊様にご挨拶する時に集まっておられるのは、ほとんどまぁ、幹部の方達は参っておりますけれども、ほとんど遠隔地の方達で、だいたいここが一杯になっておるという状態です。
ね、だから、もう何十年合楽にお参りをしておる人たちは、昔は生き生きとして、お月次祭といや、さあ、それこそ、家族でいうなら、お参りをしょう、例えば久富繁雄さんあたりではないけれども、お月次祭の朝は必ず、今日もどうぞ一家、家内、孫たちに到るまで、それこそお嫁に行っておる娘達も、息子達もどうぞ一緒にご参拝がでけますようにというお届けがあります。
だから、久富一家で、やっぱりま、二十人近くもあるわけです。
ね、そして今日もお参りがでけてことの御礼、そして、だれだれが来とらなかったら、来とらなかった子供のことをまた、願われます。
ね、例えば、一人のお参りよりも二人のお参りがそのまま、合楽の御ひれいにつながるんだと思うたらです、ね、それこそお月次祭には、もう始まるときには、いうならば、ここでは御霊のお祭りが、御霊のご挨拶が先ですから、その時にはもう、ここに一杯になからなきゃ、うそです。
ね、これはたとえ嘘ですちゅうが、結局今日の御理解からいう、新たな祈りが、自分の信心を確かめる意味においてもです、はあ、なるほどおかげ頂かんはずだなというものを、そこに発見せよというのです。
やあやあ言うてお願いをしよるけれども、なら、合楽の御ひれいのことをどれだけ自分が願っておるかと、ね、だから、どうぞ合楽の大発展、大発展を祈っておるならば、そんならば、その合楽の御ひれいのことを思うたら、いうならば、それこそ、今日はお月次祭ですよ、ぐらいな事は皆に言うて回るくらいな、私は誠意がなからなければ、合楽教会のことを、祈っておるとは言われない、思えないとおもうな。
今日、信心の定規ということを自分の祈りのいうならば、実を持って願っておる範囲の事をです、思うてみたら自分の信心にはこのくらいなもんだな、ということが分かるということを聞いてある。もう・・?
心は確かに信心の定規だと、だから、間違いないと思うてもなお確かめて見るために、そこに表れておるおかげを見ることによって、間違いない、はあ、おかげが小さい、心が小さい、祈りが小さい、範囲がこまい、ね、そんならも少しはましな祈りが、教会を中心に、または、なら、それこそ世界万国津々浦々にという、今そういう方のお届けがございますが、ね、それを祈らせていただくことのためには、ただ口で言うだけじゃなくて、祈ることのための信心がそこにでけなければ、私はほんとにもんじゃないというふうに思います。
昨日は、佐賀支部の御大祭で、私が奉仕をさせて頂きましたが、初めて佐賀というところに参りました。
去年からあった、去年は若先生が参りました。
今年は私が参りました。もうほんとに、もうほんとに御大祭らしい御大祭でした。
こうテントを張って、お座敷からぶっ続けにずーっとこうつけ出しがしてございました。
紅白の幕をこう張り巡らして、そこに、一杯のご信者さんが集まってのご大祭でした。
私はいつものことですけれども、合楽で頂くご理解がいかに神ながらなものか、だから、ほんとに皆さんの一人一人が、それを神ながらとし、神の声として頂かなければ、ほんとにお粗末になっておるような気がするんです。
昨日もいろいろお話をさせて頂いた、その芯になるものは、ま、お互いこうやって信心をさして頂いて、なら、子や孫のことを祈らんものはないでしょう。
ね、ところが子や孫のことということは、もうそれこそ、自分がもうあの世に行っておって、あと子々孫々のことは分からないけれども、信心さしてもらうならば、そこんところのいうならば、願いが、切実にされていくということが、子にも孫にも伝わっていいくことなんだと、●④ たまたま私の母のじい、そすと、私の曾じいに当たる話をしきりに思い出させて頂いて、昨日、そのことさせて頂いたんですけれども、まぁ信心は、仏教です。
けれどもその信心に徹底しておることの話をさして頂いて、それが積善の家に余慶あり、といったような言葉がありますが、ね、ははあ、信心の徳と言うのはそういうあり方の中に、残っていくんだな、そして、私どもがこのように今日なら、おかげを頂いておるんだなということを、分かる時にです、なら、皆さんの子が孫が、ほんとの繁盛につながっていくおかげを、ただ口では願っとるけど、そんなら、それだけの信心を身に付けていかなければならないといったようなお話しでした。
あちらに私が書いて差し上げておる色紙に薫という字を大きく書いてあるのが、ご神前に飾ってございました。
●② 薫というのは、草冠にウ冠を書いて、じゃ無い、草冠を書いて、重いと言う字が書いてあるね、して、下にてんてんてん、これは心です。
だから自然にを重んずる心と一字でよむわけになりましょう。
ね、自然を重んずる心、ね、そういういうなら生き方がです、なら私のじいならじいの、曾じいのことは、うわさで聞いただけですけれども、曾じいの信心生活というものは、ね、も、それこそ、いうならば、神様を重んずるということは、も、こげな重んじ方はなかろうと思うくらいに熱心でした。
もいうならば真宗ですかね、の信心の真髄を生活の上にほんとに表しておる人でした。
なるほど人が生き仏さんと言うたはずだと思うくらいに、徹底した信心生活をしておりました。
私共その影響を非常に受けておるんです。
まあ、これはまあ、長い話になりますから、けれどもそういう信心が、そういうたとえば自然を重んずる心と、そういう心の信心を残しておって、なら今、その孫に当たる私が、薫るような、いわばおかげを受けておるということにもなりましょう。
えー、お神様の左側に、ま、気のきいた、あれ、池坊でしょうか、の、お花がね、活けてございました。
それに、この、すずかけという花がありますね、丸い小さい白い花が、ずっとこう、すずかけのようにね、あの、あります。
その花と、それから、弁慶ゆりですかね、赤いゆりの花、が、それから私はあの、御理解頂いたんですけれども、結局すずかけというのは、信心ということになりましょうが、いわゆる自然を重んずる心といったような信心が、ただ、でけておるじゃなくて、それに弁慶ゆりですね、いわゆる赤という信心の熱情が、勢いを持ってかけられる、そして私、真ん中に芯になっておるこう、今の若芽の木が芯になっておる、ま、芯、副え、たえ、いうなら、そういう風な弁慶ゆりと、いうなら、すずかけと、その、こう、青い芽の出たのが芯になってました、それですんでから、この木は大体何という木ですかと、これにも意味があるに違いないと思ったから、ききましたら、これは先生、山梨という木ですと言うんです。
私はそれを聞いてもうほんとに驚いた、いつの場合でもそうですけれども、お花一つでも神ながらに、昨日のお祭りのお説教のための、いわばお花であることが分かった。
山梨ということは、山ということは修行ということ。
修行なしである。いうならば苦労なしである。
ね、それは苦労はあっても、そこに修行としてそれをありがたく受けるのですから、ま、無いも同じことのようなこと。いやむしろをれを喜んで受けるような心。
だけではない、修行の内容がだんだん段々高度な有り難い修行に変わっていく。
だから修行はないということになる。
ね、そのためにはこのすずかけの信心がいるんである。ただなら、その信心が、なら、合楽理念によるというが、合楽理念が分かったらじゃなくて、それに熱情をかけられた弁慶ゆりの信心がでけて初めて、その、お花の中で神様が物言うて下さるお心を悟ることがでけるのである。
ね、それにはね、私どもがいよいよ、ま、今日の御理解から言うと、自分の心に定規を押しあてて、ね、そして、これで良いということはない、こりゃまだおかしいぞと思うところを改まっていって、いわば、おかげにつながる心、しかもおかげにつながる心だけではない、自分の信心の内容を確かめてみることも、心に信心の定規を当てることになる。
ね、そして自分の祈りの貧しさ、自分の祈りの小まさ、ただ自分、自分一家の事だけただ祈っておる願っておると、ね、なるほど自分一家の事は、このこともあのことも願ってはおるけれども、ほんとにその子に孫に伝わるような、果たして信心がでけておるかどうか。
これは昨日、上野先生がここでお届けさして頂いたんですけれども、北九州から参ってくる鈴木というおばあさんが、もう八十近くのおばあさんが、月、何回か参って見える。
ある教会のご信者で、そこの先生があるおかげの受けられんことがあった。
だからいっぺんその合楽では、非常に人が助かっておるげなから、合楽に参ってみたらどうですかと先生から言われて、参ってきたのが初めてで、それからもう数年間、合楽に参り続けておられた方です。
が、先だってから亡くなられた、その亡くなられ方があんまり素晴らしかったので、そのご主人であるおじいさんという方が、もう八十から、が御礼に参拝して見えた。私がちょうどいないときでしたから、上野先生がお取次ぎさせてもらった。
ね、嫁さんとの仲があんまりいいことはなか、とにかく嫁さんが良くはしなかった。
ところが、亡くなられてから、その亡くなり方の素晴ら、大体は、キンシンコウソクかなんかでしたかね、でなんか大変苦しんで亡くなるのだけれども、医者がたまがるように、もう三十分前まで当たり前にこうお話しをしながら、おかげ頂いたお話しをさして頂いてもう、もう、あっという間に、その、まあ、看護婦さんも気が付かれんくらいに、安らかな、そのお国替えであった。
そしてその、この人が合楽にお参りしよる、ったおかげと思うておって、後々になってまいりましていよいよそのおばあさんの信心ぶりというものに感心して、そういう教えをなさる先生ちゃどげな先生じゃろうかというて、参ってきたと言うのです。
昨日一昨日です、ね、ところがそのおばあさんが、預金をしたり保険にかたっておられるのが、みんなそのあんまりようもしてくれなかった嫁さんの名前になとったそうです。
だから、もう嫁さんがもうそれこそ、御霊様にお詫びを心からさせてもらうと同時に、もうそれはもう行き届いたことでした、今度嫁のそのまあ、告別式に対するお世話でも、後々のことが、もうほんとに二人みるように変りました、という御礼のお届けであったという、ね、ほんとに子のことを願い孫のことを願っておっても、亡くなった後でも、そのように子供やら孫やら周囲の者が感ずるくらいな信心は、残しておきたいですね。
うちの爺さんは、ほんとにあれがほんとの金光様のご信者じゃろと、御信心じゃろと、思うといったようなものはです、やはり見せておかなければならない、聞かせておかなければならない、おかげをみせていかなきゃならない。
ね、ま、そう言う祈りを持たないものはないでしょうけれども、今朝申しますように、自分の祈りの内容をもういっぺん確かめて、いうならば、もういっぺん、信心の定規を自分の祈りの内容に押し当ててみて、はあ、これでは小さい、たとえば今日はお月次祭です。
ね、ですから、なら、お月次祭にたとえば時間励行することも、それこそ、一人参るとを、お前も参れ、今日はお月次祭ぞとたとえば家族中でお参りをするといったような働きを起こすこと、そのことも、ね、教会のことを願っておるならば、そうせずにはおられんのだと。
だれだれさんには、電話ばかけて、忘れちゃるかん知れんから、電話でんかけとこ、というくらいな実働、それに伴う動き、働きというものが、あって初めて、合楽教会の御ひれいを願っておるということが言えるのじゃなかろうか。
これは教会、もっともっと祈りというものは大きくなっていくでしょう、ようにその祈りがね、内容のこもった祈りがいよいよ深く大きく、私はなっていくということが、自分の信心の程度を見極める一つの手立てになるのじゃないかと思います。どうぞ。